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院長ブログ

手術を受けないと、死んでしまう病気やケガも沢山在ります。

“思考” とは・・・

“自己質問”→頭の中で考えているコト→”自己問答” です。

エネルギーとしては、
“生体磁力と呼ばれる磁力線を出しているので一種の波動” でもあります。

ですから、同じような波動~周波数のモノ・コトを引き寄せ、引き寄るのです。

そして、
“顕在意識” と “潜在意識”を併せて
“自分で認識できるコト、出来ないコトをひっくるめた自問自答” のことです。

ヒトの脳の中では一日のうちに
10.000から70.000くらいのコトを自問自答していると言われています。

※ちなみに、この自問自答をする中で 答えを探すべく検索するのですが、
答えのある自己質問ならば 時間はかかっても、いずれ答えが導き出されるので
大丈夫なんですが、答えの無い質問(将来の不安・心配等・・)を沢山し続けると 
ココロ(脳)は疲れてしまい→ココロのエネルギーの過度な消耗が起きてしまう・・・
“鬱” の原因になっちゃったりしますので 要注意 !! です(冷汗)

◎この手の “ココロの問題” に関してはやはり また、機会をみて・・ということで・・・(笑顔)

この自問自答をするために、ヒトは “ある基準→支点” を作り(作って置く必要があり)ます。

それが、
“信念”(ビリーフ)と呼ばれるモノです。⇒あ、ちなみに 信念にはプラスの信念とマイナスの信念があります。
○エンパワリング・ビリーフ~チカラを与えてくれる信念→行動を後押しして、活性化させる⇒プラス
●リミィティング・ビリーフ~チカラを制限してしまう信念→行動を制限、止める、辞めさせる⇒マイナス

では、
“信念” とはなんでしょう・・か?


※日本語というのは 本当に良く出来ていて、特に単語に漢字を当てはめて見ると
その言葉の意味がとても良く、シンプルに顕されていたりします。

地名の漢字を見ると 大昔の土地の様子が語られ、注意点を教えてくれていたりするのと
よく似ているように思います。

※また、日本語と言うのは 言語的には大変よく出来ている分、顕在的要素が高いため
使い方が難しかったりします。
そのむずかしいモノを上手に使いこなす楽しみだったり、凄さみたいなものがありますが
反面、顕在的であるが故に 感情が乗りにくい。

道具として優れているので、その操作に専念しすぎちゃうと 
本来のコミニュケーション・ツールとしての役割よりも、巧みな使い方の技術的な部分に
のめり込んでしまい易い。

そうなると、気持ち(感情)の入って(乗って)いない会話になってしまい易くなりがちです。

そのために いわゆる口先・小手先だけのコミュケーション術に陥ってしまう。

これを続けていると、段々と、感情を前面に出すこと自体が出来なくなっていってしまう・・・

日本人は感情を表す(現す)のが下手くそだ ! と言われがちなコトの一要因でもあります。

よく、日本人は大成功を収めにくい・・(冷汗)みたいなコトが言われますが、
やはり、元々 言葉というのは顕在的な要素が高いので 
それにも増して 感情が乗せにくなってしまうとなると、アタマでっかちになり 
悪影響を及ぼす・・と、私は思っています。

反面、英語は “記号としての言葉” と・・捉えたときに、
日本語と比べて表現が多彩ではない・・

ですから、アクセント(語調)や身振り手振り、場合によってはプレゼントも使って
相手に自分の気持ち(感情)を伝える・伝えようとするアピール→アプローチする力が高い・・ように思います。

私的分類をさせていただくと・・・

●日本語は男性的特徴要素が高い→「思考の “考” の要素が高い・・顕在的方向性が高い
●英語は女性的特徴要素が高い→「思考」の “思” の要素が高い・・潜在的方向性が高い

以前にお話した、

○骨は男性的要素の高い組織
○筋肉は女性的特徴の高い組織

みたいな 捉え分けの話です(笑顔)

こう捉えてみると、私的には
日本語と英語はセットとして使えるようになったほうが、色々な意味でよろしいのではないか・・?
と、思い・考えている次第です⇒「私的思考」

もちろん、これからの時代バイリンガルは当たり前・・と言う意味でも 大変役に立つと思いますが、
「ココロの発達・バランス」と言う意味からも セット教育が良いと、強く思っています(笑顔)


例によって話がチビットそれましたが、
次回からはもう少し 「顕在意識と潜在意識⇒思考⇒信念←感情」の話をさせていただます。

が、
キリの良いトコロまで もう少し・・・

言葉の意味というのは、必ずしも意味が一つではなかったりするので
“当てはめ使い” をすると、漢字の使い方としては 間違ったコトになっちゃったりもするのですが、
あえて 分かっている上で、“ワザと当て方を変える使い方をするコト” で
こちらの意図を伝えようとする使い方を私は、結構使います。

逆に、
言葉の意味がよく分からないときに 「”常用漢字” の意味を ”感じ方” で分解してみる」と、判っ(視え)て来たりもします。

ま、辞書を引いちゃえばイイのでしょうが 辞書の解釈がピンと来なかったりもするコトも有るモンですから・・あえて・・・


で、
“信念とは、今信じている心” とよみとると 何かが見えてきそうな気がしませんか・・・?

 ヒトは、それぞれ皆 “何かを基準” に(して)、「思い・考える→思考」するのですが、
実は その基準(信念→今、信じているコト)は、幼少期(3歳から5歳位まで)の まだ、善悪の判断やモノ・コトの価値の判断が
付かない頃に、潜在意識に刷り込まれたモノ・コトがそのヒトの人格の ”核” となり 成長していく過程において、
自分なりの経験値から来る、善悪判断や価値判断・趣向等がくっ着いてくる。
そして、そのヒトが出来上がり また、変化→成長(進化だったり退化?だったり)して行く・・・のです。

『“信念” とは・・何かモノ・コトが意味するコトに対しての 確信の度合いである→「何を信じているか?」
「〇〇とは〇〇である!」という、確信の度合いや自信の度合いである!! と言える』と、思います。
また、
『ヒトそれぞれの外的世界の捉え方のフィルターである』とも、言えます。
『思い込みが行動と同化したトキに信念となる』とも、言えます。

我々の現実は そのヒトの "過去の記憶から生まれる感情" によって自動的に意味づけられているのです。

実は・・
「“それそのモノ” は真実ではなく、ヒトそれぞれの確信の度合いから来る “思い込み” そのものが現実です」

そして、
“その思い込み” にも “プラスの思い込み” と “マイナスの思い込み” が あるのです。

われわれは目の前の出来事や感情に振り回されていると、判断や行動がブレてしまうものなのです。

出来事に対する意味づけは 過去の記憶から来るイメージの世界とそこで感じる感情や言葉や映像で決まります。


“私の信念” として・・
○私たちの周りは 宇宙のエネルギー(気)で満ちている !
○宇宙には色々な法則がある !
○その宇宙のエネルギーを使える→有効に活用する !⇒自在に使いこなせるようになる !! には
宇宙の法則を知り、その法則に乗り切り、流れに任せればイイ !!
○宇宙には癒しの力がある !
●宇宙のエネルギーに対して、こちらの思考を投影すると
思考は現実化する !
●自分は周りの影響を常に受けている→それを気付けたり、気付けなかったり・・
でも、プラスもマイナスも両方入って来る⇒そして、こちらも周りに影響を与えている !
●自分の人生をデザイン出来るのは自分だけである !
等・・があります(笑顔)

これらは 私が50数年生きて来て、構築されている現時点での “信念” の一部です。


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